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■2020/3/31(火) 永遠の別れ、その*(いくつ目?) / 7:45pm


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実家の電話回線が止まりました。
50年以上親しんだ番号が、永遠になくなりました。

ひとつの時代が閉じる感じ。
こんなに悲しいなんて(@_@)。

 

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■2020/3/30(月) 事務処理 / 10:35pm


このままいけば東京がロックダウンしそう。
近所の人達が買い物をしまくっている。
私も危機感を感じ、それとなく買い出しをした。
東日本大震災と同じような感じ…。
スーパーが品薄になっている。すると、更に焦る。
焦りは買い物にではなく、感染拡大に向けないとね。

父は本当に良いタイミングで光になったと思う。
心配性で、慎重な父だったから、生きていたらどれほど緊張感があっただろうな。
私は仙台に帰ることもできず、
もっともっと後悔したと思う。
まずまず、いい時を選んだね、父は。

今日は、福祉用具の最後のレンタル費用を振り込んだ。
父の口座を凍結したので自動引き落としができない。
書類を起こしてもらって私に送って貰った。

介護保険料と、後期高齢者保険料の過納付分の還付申込みも仙台の役所に送った。

ただの事務処理と思えなくて…。
父が生きていた形跡が、また1つ遠くにいってしまうような気がする。
悲しいな…。

 

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■2020/3/28(土) 悲しくったって / 8:50pm


朝、いつものように近所を散歩している時、
ドラッグストアの前に長蛇の列ができていました。

今日はマスクが入荷したんだーー。

私はまだ少し備蓄があるし、使用具合によって洗って使っているので買わなくてもいいけれど、
並んでしまいました。

結局、100人前で完売。←買えない人が100人ですよ。列は200人。

今まで如何に中国製だったか。8割だそうです。
来月から、洗って使える布整マスクが流通するらしいです。
早く欲しいですね。

今日は朝から倦怠感がひどく、低気圧のせいなら良いけれど、
まさかね…?! 嗅覚・味覚異常なし、喉痛や発熱はなし。

布団に横になってしっかりお昼寝をしていたら、悲しい夢をみてしまい、
泣きながら起きました。
父が亡くなったシーン。
冷たくなった父に抱きついて泣きじゃくっている夢でした。

なんという夢だろう?
仙台にいながら、死に目に会えなかった無念さが、
こういう形になって現れるのかもしれない。

苦しくったって…
悲しくったって…(^^;)

楽しい夢でも、悲しい夢でも、何でもござれ。
父の夢は何でもみたいです(^^)。

 

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■2020/3/27(金) 良い事と悲しみと / 9:50pm

腰が90度に曲がって、ゆっくりしか歩けないおじいさんをみかけ、
そのままにできず声をかけました。

 大丈夫でしょうか?

しょっちゅう同じように話しかけられるのかもしれません。

 大丈夫ですよ。

とはっきりお答えになりました。

介護で学んだ事は、本人が出来る事は本人にやって貰うことが大切。

手を出さず、少し後方で一緒に歩いて、無事に横断歩道を渡りきったのを確認してお別れしました。

そして、今日は、実家のNTT電話回線を解約しました。
使わないので仕方がありません。とはいえ、非常に悲しくて。
1つ1つ、実家@両親の名残が消えてゆくのは辛いな。

 

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■2020/3/26(木) ひどい状況 / 11:00pm


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週末、不要不急の外出を自粛して下さい、という発表があって、
近所のスーパーは大変な混雑になった。

どうしてすぐこうなるんだろう?
都会は人が多すぎるから、みんながいっせいに動くと大変。
ひどい有様…(@_@;)。

コロナ問題が起こった当初、トイレットペーパーが買えなくてびっくりした時以来、
父が居なくなった悲しみが完璧に飛んだ1日でした。(^^;)

 

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■2020/3/25(水) 健康であること / 11:00pm


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美容家の佐伯シズさんが重たい病気を患われている事を公表されました。
ブログに動画ものっていたのですが、
あのお元気な佐伯さんが、時々ぐっと涙ぐまれていたこと、
とはいえ、始終、ご自分と全ての皆さんにエールを送っている様子に、
とても考えさせられました。

 「明るくね。そして、感謝しましょう。」

佐伯さんらしい言葉で〆られていました。つらそうでした。
佐伯さん、テレビで観ない日はないほど頑張られていたから。
やっぱり、頑張りすぎちゃいけないですよ…涙。

 

普通が壊れないと、病気にならないと、健康の有難みがわからないです。
これは、何度自分に言い聞かせても、気が付くと初期化されています。

生かされていること。
生きている以上、今を一生懸命生きるだけなんだという事も、
折に触れ、強く心に刻んだつもりでも、やっぱり忘れてしまっている…。

なんだろうな…。どうして常に、わからないんだろう?

志村けんさんがコロナ肺炎になりました。
情報が少ないうちは、こう思いました。

 お気の毒で大変な事。
 ついに芸能人まで…。確率的に、そこまで拡大したんだ。
 最近、少し国民の危機感が薄れてきたような気がするから、
 志村けんさんの公表のおかげで、今一度国民は
 意識を強く締め直してコロナ予防に向き合えるかもしれない。

そうなって欲しいです。

その後、志村けんさんはコロナ予防に関してはさほど慎重ではなかったようなニュースがありました。
きっと感染されて、健康の有難みを実感されているかもしれませんね。

 

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■2020/3/23(月) 今日やったこと / 8:00pm


父の介護がなくなって、人と話すことが激減した(゜-゜)。

毎日なにかと介護スタッフさんと電話でやりとりをしていたから。
この数年間、私のお付き合いといったら介護関係者が殆どで…。!(^^)!
それがなくなって、誰とも話さない日がフツーにある。

なんという交友の狭さ、(^^;)。

でも、今日は久しぶりに松姉御とランチができて楽しかったなー。

人にはいろいろある。姉御にもいろいろあるのに、
あっけらかんと話す姉御がとても頼もしく、どんとしていて良かった。
たくさん笑ったなあ。ありがとうございます。

仙台市区役所へ電話をして、また1つ、父の事務処理を済ませた。

薬剤師求人サイトを覗き、担当者と電話で話した。
こちらは、ゆっくり進めていきたい。
といっても年齢的には急がないと。って、薬剤師の仕事をするのかなあ?色々探そう。可能性は無限…の筈(^^;)。

 

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■2020/3/22(日) 整っている / 6:55pm


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姉と会った。

久しぶりに週末の街でランチをしたけれど、
ひっそりしていると思ったらまるで~(゜-゜)。

もう、みんな、普通にしているの…?
まだ用心したほうがいいのに。
それなのに、トイレットペーパーは依然として品薄。
問題点は、買い物ではなく感染拡大の予防。

 🎬

私は、父の最期がどうしても不思議でならなくて。
老衰死を予習しすぎたのかもしれない(^^;)。
一般的な最期の迎え方で頭がいっぱいになって、
父の最期があまりにも異なるものだから、
どうして?という不思議さ、無念さが消化できない。

コンコンと寝て欲しかった。
そのまま静かに星になって欲しかった。
だって、101歳の超高齢だもの。
眠る以外、エネルギーは残っていなかった。

なのに、父は最後まで意識があった。
そこが、未だに涙が流れる事なの。
意識があって、あのもだえ方は、相当苦しかったと思う。

姉と、この事を話し合った。
姉の考え方を聞いて、私の考えを聞いてもらって、
結果的には納得することができた。

 「お父さんは最後まで意識があった。
  それは、最後までお父さんらしく整っていた、ということ。」

整っていた…。そっか。そう思おう。
大正時代を生き、戦争と軍隊を経験した強い父。
最期まで整っていた。
それが、父の生き様であり、死に様なんだ。

 

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■2020/3/21(土) 姉も泣いている / 7:30pm


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愛しの丘にも桜の木が何本かあるけれど、
ここが一番好きです。

今日はドラッグストアで手ピカジェルを買うことができた。
朝9時にひょっこり寄ったら、数個あって、
お客さんが嬉しそうにレジに並んでいた。

消毒剤の類は、容器の生産が間に合わず、流通しないらしい。
私も欲しかったので、1個ゲッド。

様子をみていたおじいさんが、

 「これは何だ?消毒ったって、わしはわけがわからんよ…」

とおっしゃるので、
使い方と効果をお話して、是非おひとつ家にある方がいいですよ、
とおススメしてみた。

ご高齢だから尚更。
握りしめてレジに並んで下さったので良かった。

朝イチで姉とラインをしていて、朝早々に、泣いた。

父は星になったと思ったら、姉によると月にもなっていて(笑)、
姉は毎日、朝焼けの空に浮かぶ綺麗な月をみて泣いているそうだ。

姉も泣いていたなんて…。そこに泣けてしまっのだ(^^;)。

天体はすごい。包み込んでくれる。
人々の大切な人が、あっちにもこっちにもいて、
私達を見てくれている。

あら、また非科学的になってる…笑。

 

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■2020/3/20(金) 小説 / 6:10pm


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珍しく小説を読んだ。

瀬戸内海に浮かぶ島にあるホスピスが舞台。
若い人から老いた人まで老若男女、いろいろな人が最期の日々を送る。
穏やかな時が流れ、あたたかい雰囲気の中で、
こんな死を迎えられたらいいな。

誰でも想った事があるのではないでしょうか?1度、2度くらい、
もし余命のない状況になったら、ホスピスってどうかな、と。
その理想を崩さず、むしろあっさり超えてしまうほど優しい小説だった。

随所に美味しい香りがする。
本題のおやつ、葡萄、レモン、食事…。
食べる事が好きなので、その部分も良かったなあ。

おやつは、やっぱり、目にも心にもメルヘン。
本の中では「心の栄養、人生へのご褒美」と表現されている。
ほんとだ。
これからは、むさぼらず、量より心の栄養として、ゆっくり楽しみたい。

何度も涙がこぼれてしまった。
ちりばめられたモノが、私の育った環境と重なるのだもの。
そして、父の最期もオーバーラップし、たまらなかった。

「死んだ人は光になる。今度は光になって私達を照らしてね。」

そう言えば、父を荼毘に付した日の夕刻、空にひときわ輝く星をみた。
姉とは別々の場所にいたのに、同時にその星に気が付いて、
LINEで、

 「あかるい星が出ているね。きっとお父さんだよね。」

なんて、リケジョ姉妹なのに、非科学的なやりとりをしたのを思い出した。

 

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■2020/3/19(木) 大福 / 11:25pm


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大福を食べました。

1ヵ月前の今日、父は火葬されました。
父を偲んで、好物だった大福を。

今年の誕生日になる前に、仕事を探したいと思う。
したい事を考えてネットで調べると、あれ?
となってスタートラインに戻る。
夏までにはきっと。

周りのみんな、頑張っているから。私も続こう。

 

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■2020/3/17(火) 1カ月  / 10:00pm


今日は父が星になって1ヵ月目の月命日。
ただでさえ悲しいのに、大きなイベントがありました。

在宅看取りに向けて全てバージョンアップをして万全に備えた福祉用具を
返却したのです。

帰宅予定日の朝、父は亡くなってしまったので、
一度も使うことなく、あるじの帰りを待ち続けた福祉用具たちでした。

このエアマット(緑のマット)、父に使って貰いたかったなあ。
最新の「自動体位変換マット」でした。

窓際の痰吸引器は、いつも処置が辛そうだったから、胸が痛みます。


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返却後は…

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わあー、空間がどかーん。(゜-゜)

間違い探しみたいな2枚の写真。


本当は、仙台に帰って私が対応する筈が、帰省をドタキャン。
コロナ感染拡大のためです。

代わりに、お世話になったヘルパーさんに家族代行をして頂きました。

福祉用具のお兄さんとヘルパーさんが家にいる。
久しぶりに人がいる家。いいな。

お二人ともテキパキと作業をこなされて、頼もしいです。
窓を全部あけて空気を入れ替え、
水を流し、郵便物を整理して、洗濯をして、ゴミを出して下さいました。

父も、家も、気持ちよかった事でしょう。

家に買い置きしてあったマスク3箱。
ヘルパー会社に2箱、福祉用具のお兄さんに1箱譲りました。
仙台もマスクが売り切れだそうです。

 

ああ… 父の形跡がまたひとつ…。
ベッドのスペースがぽっかりと。とても寂しいです。

夕食は、やっぱり父の好物、カレーライスと ひれかつと ビールで父を偲びました。
当然、今日は沢山泣きました(^^;)。

 

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■2020/3/16(月) ケアマネさん / 7:55pm


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写真のように、愛しの丘でウォーキングをしている時まではよかった。
この帰り道で、お世話になったケアマネさんと久しぶりに電話で話したら、
やっぱり今日も涙がこぼれた。
連続1カ月-1日。(^^;)

ひさしぶりに聞くケアマネさんの声は、
いつものように元気な張りがあったけど、
どことなく悲しげに聞こえた。

私の先入観かしら?

ケアマネさんは、なんと、父が光になったあと間もなくして、
国家公務員をやめてパートになったらしい。

前から、

 お父様がお元気なうちは仕事を頑張りたい。

とおっしゃっていました。
冗談半分で聞いていたけれど…本当にそうされたようで、
申し訳ないような、父を一段落にしてくれて光栄なような。

長い間、お仕事をお疲れ様でした。
素晴らしいケアマネさんと出会えて、父も家族も幸せでした。
(´;Д;`)

こうして、少しずつ、また、父の介護が遠ざかっていく。
それは寂しい事だけど、
兎にも角にも、父の介護を通して、すごくいい経験ができました。
万才です、ヽ(^。^)ノ。

 

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■2020/3/14(日) 嬉しい事 / 5:10pm


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私用のマスクも作りました。
我が家は風邪予防(乾燥予防)の為、就寝中もマスク着用が多いのです。
乾燥対策だけなら手製で十分。
なかなか可愛くできました。手縫いなので指が傷ついちゃった。

両親がいなくなった寂しさは人それぞれだと思います。
家庭の事だし、それまでの生き方によって、悲しみは違ってくるでしょう。

心配してくれている友人に、3週間もその後の様子を連絡できずに気になっていたら、
友人から連絡が来て、泣き笑いができて嬉しかった。

田中家(私の実家)には独特の特徴があるから、
介護も限界突破的にやり尽くした。
その結果、私は非常に悲しんでいる、ということを
友人はよくわかってくれるのです。
田中家だもん…、仕方がないよね…、と、2人で大笑い。
私は、涙と鼻水がぐちゃぐちゃになっての笑いだったけど、
楽しかった。

友人は転職先も決まった。
それは、すごい事で、自分の事のように嬉しい。
こんなに素直に喜べるのは、こういう気持ちがあるから。

 だいすきだーー。(*^。^*)

電話では言えなかった。面と向かっても絶対言えない。
こっそり、ここに書いておこう。

 

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■2020/3/13(金) 揺るぎない強さ / 7:50pm


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愛しの丘が綺麗です。
一年で一番賑わいます。
カメラを構える人がたくさん。
丘も、胸を張っているよう。

NHKの朝ドラで、病気になってしまった家族と医者の台詞に涙が誘われます。

 ・患者は強くなったり弱くなったりを繰り返しています。
  だから、周りの人間として、揺るぎない強さを持って支えたい。

 ・病気になると辛い事が多いけれど、
  泣きたくなるほど素晴らしい事もたくさん起こります。


私は、
こういう事ができるだろうか?
こう思う事が出来るだろうか?

いい歳になって、人間が小さすぎる。
できそうにない。

父の介護をしている時も、弱っていく父をどこまで支えてあげられただろうか。
不安がいっぱいだっただろう父に、
死に向かう身が苦しかっただろう父に、
安心を感じて貰える言葉さえ、1つもかけてあげられなかったと思う。
そうありたい希望はあったし、目標でもあった。
でも、実際はとても難しかったなあ…。
おろおろして、ダメだった。

これからも何が起こるかわからない。
その時に、強く揺るがず立っていられるよう、日々学び続けないと。

 

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■2020/3/12(木) 国に恩返しを / 6:50pm


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1月24日~2月17日まで父が入所した老健に、
かかった費用を払いました。

約1カ月、お世話になったわけですが、
明細をみてびっくり。

国が払ってくれる金額がすごく多い事。

父はぎりぎりで3割負担のグループに入っているのですが、
1割、2割負担の方も多いでしょう。
とすると、国が払ってくれる金額は父よりも増えます。

父の場合、老健1カ月で、国が払うのはどんぶり勘定で、20万越えます。
(写真は17日分の明細書。)

(@_@;)。

ひぇ~、こんなに国は払ってくれているの~~ ? (@_@;)

在宅だった頃は、実費が驚くほど高かった。ここには書けません、汗。
国の援助は月12万くらいだったかな?
細かく把握していないのでアバウトです。

在宅と施設では、
国は、施設に入った方が倍近く払ってくれている、

ということがわかりました。
しかも、1カ月20万超え。←父の場合です。

これって、凄すぎませんか?

結果的に、国がなぜ在宅を勧めるのか。こういう事だったのですね。
でも、実際問題、超高齢者の在宅ケアは無理に近いです。涙。

国の介護費用が破産寸前なのは当然です。
これからもっと高齢化します。いったいどうしたら良いのか。。。

せめて私は、
父の介護を通して、介護界に非常にお世話になったので、
介護界に恩返しをしたいです。
どんな形であっても、恩返しをしたいです。

 

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■2020/3/11(水) 9年間 / 2:20pm


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9年前の今日。
あの時、あなたは何をしていましたか?

テレビから、このショートドキュメンタリーが流れてくる。
計り知れない辛い思いをした人々が、
未来をしっかりみつめて語っている。

誰もが、どんな事があっても、生き抜かなければならない。
その人らしく、その人の人生を…。

学ばされる。しかし、学びきれないほど深い。

父のあの時。
母が亡くなって、1年と3か月目の92歳だった。
父も本当に頑張りました。
備蓄してあった、冷たい物を食べて、寒い冬を過ごしてくれました。


思い起こせば、父は常に頑張って生きていたなあ。
一生、ゆるんだ時はなかった。
あの時からの9年間もずーっと、ずーっと。
亡くなる前日まで、常に緩まなかった。
親の事とはいえ、学ばされる。しかし、学びきれないほど深い。

あるじが居なくなっても、
あるじが居た部屋に、陽はまたのぼる。
今日の仙台も、いい天気なんだね。

この見守りカメラ環境は、いつ外そうかな。(写真)

 

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■2020/3/9(月) Adult Orphan / 7:45pm


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今日は3週間目。
朝5時半に目が覚めた。この時間だった。

「Adult Orphan」(大人の孤児)と言うらしい。
両親を亡くした人の事。
思うに、子供がいない場合は尚更当てはまる。

これは、米国の「別れ(死)と向き合う科学」とも言えるケア理論(グリーフケアというらしいが)の第一人者、アラン・D・ウォルフェルト博士という人の言葉。
たまたまネットで見つけました。

なるほど…。孤児とは…。
悲しみの落としどころ、になりそう。

父は、私が帰ると、

 「おかつが来たからビールを飲もう。あ~おいしい。」

と言って夕食に1人で飲むことがありました。
コップ1杯だけ。まったく呑兵衛ではないので。

それを思い出して、1人の今夜、父を偲んで飲んだ。
やっぱり私もコップ1杯で満足(^^;)。

 

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■2020/3/8(日) 手作りマスク / 6:00pm


雨の1日。
春の晴天は長く続かないですね。
でも、おかげで木の芽が1日1日膨らむことでしょう。
そして、父を思いだします。

マスクが品薄なので、手作りしました。
相棒さんは喉を守る為に寝る時も着用します。
感染予防じゃなければ洗って使えるので、
百均で材料を集めて作りました。
鼻のワイヤーとゴム紐は使い捨てマスクから回収したもの。
手縫いです。
夜なべ…なんかせず、ちょちょいと縫いました。
なかなか、良いそうです。

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■2020/3/7(土) 天の声 / 5:45pm


昨日買った花は、菊。
父が好きな花の1つです。

今日は、台所の整理をした。
買い置きしてある食べ物の再確認もした。

賞味期限がとっくに過ぎているものが出てきて唖然。
日頃のチェックの手抜きを反省です。

コロナ感染者のニュースが絶えない。
毎日、新しい県に初感染者がでているので、
依然として拡散し続けている、ということかな。

収束はいつになるのだろう?
気を付けて、不要な外出は控えている。
こんな生活、早く終わりたいものです。

介護が一段落したら(どんな形であれ)、また仕事をしよう、と思っていた。
父との別れが一段落になってしまったけれど…、
もう少し休んだら、是非仕事探しをしたい。
しかしコロナのせいで、それもしばらくストップかな。
ゆっくり休んでいいよ、という天の声かもしれない(^^)。

介護の仕事をしている友人に、メールを書いている最中に、
どうしても涙があふれてきた。
はあ~、今日も泣いたわけだ(゜-゜)。
昨日、「ちこちゃん」でやっていたけど、
歳とると涙もろくなるのは、ちゃんと理由がある。
だから、仕方がないのよ。

 

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■2020/3/6(金) 初夢! / 7:00pm


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無性に眠くなってお昼寝をしたら、夢に父が出てきました。ヽ(^。^)ノ。

何か作って一緒に食べようよ、というシーン。
10年くらい前の父で、元気で楽しそうでした。

また明日も、寝たろうか?(^^)。

今日やった事は、お昼寝と、

 ・お世話になった施設の経理課に電話をした。
 ・アルソックに電話をした。

どちらも、口座引落をやめて(口座凍結のため)、私へ請求書を郵送して貰うお願い。
手続きが残っていた(^^;)

愛しの丘で知り合ったご婦人から電話を頂きました。
介護を本当に頑張ったね、親孝行で素晴らしかったですよ、と労って下さって、
今日もまた、うるっとしてしまった。(・_・;)

だって、

「仙台に詰めていたのに最後父に会えず、一生分のありがとう、が言えなかったのです」

と話したら、

「お父様、全部お分かりですよ。大丈夫ですよ」

と言って下さったので。
15歳くらい年上のご婦人にそう言われて、へなへなと溶けてしまいました。
有難い事です。

 

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■2020/3/5(木) ずんだ / 6:50pm


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セブンイレブンでこれをみかけて、即購入しました。

小さい頃から「ずんだ餅」は母がよく作ってくれて。
枝豆をつぶすのを何度か手伝いました。

母が作ってくれたずんだ餅は、甘さ控え目で美味しかったなあ。
このセブンイレブンのお団子はどうでしょう?

久しぶりに愛しの丘へウォーキングに出かけた。
昨年秋から、体調温存のため無理せず控えていたけど、
そろそろ再開しよう。

途中の道で、急に寂しくなって、涙がこみ上げてきた。


母が亡くなって最初の半年間は、父の介護で毎週仙台に帰っていた。
その頃父は健康維持のため、毎日お散歩をしていたなあ…。
丁度今と同じ時期で、寒い中、父と一緒に歩いた。

14歳も下の母が先に居なくなって、父の辛さは計り知れなかったけど、
父は気丈に頑張って、「おかあさんの10年を貰うんだ」という言葉通り、11年間生きてくれた。
1人で、幸せだったのかなあ…。これは、永遠にわからない。

両親がいない事がこんなに空虚だとは、想像していなかったです。

気持ちに任せ、自然に、ゆっくり、回復していきたい。

 

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■2020/3/4(水) 街が寂しい / 6:30pm


コロナウィルスのせいで、街の中が寂しいです。

どうしたって必要な外出はあるので、
普段の2/3程度は出かけています。
皆さんはどうですか?

今日は父を荼毘に付して、丁度2週間になります。

早く仙台に帰りたいな…。

郵便物はどうなっているかしら。
(先日、転送願いを出したけど、チラシが風で飛んでいないかなあ?)
親戚から頂いたお花は水を欲しがっている事でしょう。
コロナリスクが重なってしまっては、致し方がないです。

この数日は、後悔の念がふつふつと。

一人暮らしを続けるからこそ、父に強いなければならない事がありました。
それらは、私は「非人間的な強要」だと思って、でも、仕方がなくて、
あの時、私は1人で泣きました。

介護って辛いなあ。
遠距離介護だから尚更つらい。
父が一人暮らしでなければ(施設に入ってくれたら)、
強いる必要がないのに。
父よ、ごめんね。

と、非常に落ち込んだ。

ここ数日、そんな事をふりかえってしまいます。

でも、少しずつ浮上中ですよ。
暖かい春が待ち遠しいな。

 

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■2020/3/2(月) 2週間 / 4:50pm


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2週間前の今日、
父は星になりました。

もうそんなに経つのかあ…。
早いよ。
時よ、もう少しだけ遅く過ぎて。
もう少し、待って。

今日は雨。
父は、静かな雨の日が好きでした。

父の一番のお弟子先生からメールが来ました。
大学関係者に訃報を連絡しました、との事。
父が故人となった今だからこそ、関係者のお名前をみて、懐かしさがこみあげてきます。

このお弟子先生は、ご自身のお父様を中学生の頃病気で亡くしているので、
父を恩師としてだけではなく、父親のように思う部分もあったらしい。
これからは、父の娘として、お弟子先生とのお付き合いを大切にしていきたいです。

2週間前の今日を思い出して、な~んだか今一つ元気がでず。
何もする気が起こらず(困ったもんだ)
ダウンロードしたてのスマホゲームをやってます。
私はゲームをやらないのに。あら、珍しい(^^;)。

お昼は1人ランチをしてきました。(写真。)
サラダプレートランチ。美味しかった。
食欲は旺盛なので、まあまあ元気?笑。

 

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■2020/3/1(日) 気が紛れたけど / 10:10pm


今日は、気が紛れることがいくつかあった。

すごく楽しみにしていた東京マラソン。
五輪代表の最後の1つを目指して、有力選手が参加しました。
応援していた設楽選手は負けてしまったけれど、
やっぱり大迫選手は強いなあ…日本内ではね(^^;)。
高速シューズを履いている選手が多いのか、ハイペースですごかったです。
ちなみに設楽選手は履いていない…。勝負は勝負。今後の活躍を待っています。

相棒さんの親戚からこれ↓が届き、
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はじめて牡蠣の殻開けをやりました。
単純作業は頭が空っぽになっていいですね。

今夜は、これ↓と、
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これ↓にして牡蠣を楽しみました。
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気が紛れたので今日は涙が出ないぞ、良かった、と思ったのに、

郵便物の転送手続きをやっていて、そして、
スマホに入っている父の写真をみて、
しくっとしました。

父、最後まで意識があったので、苦しかっただろうな…。
最後の2カ月の写真をみていると切なくなります。

老衰で亡くなる人の多くは、こんこんと寝てしまう、と。
そうなって欲しかった。
101歳で、体重35Kgまで痩せて、動けない、食べられなくなったのに、
父ったら、最後の最後まで 頭だけしっかりしてるんだから…。

12月9日の入院生活の途中から、もう自分は自宅には戻れないだろう、とか
思っていたような気がする。
自分の事、わかっていたと思う。

 

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